竹取物語|蓬莱の玉の枝【わかりやすい現代語訳】

2015年1月22日 5:16 PM


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蓬莱の玉の枝の模型と

優曇華の花。

 

くらもちの皇子は、心たばかりある人にて、公には、(くらもちの皇子は心の中に策略がある人なので、朝廷には)

 

「筑紫の国に湯あみにまからむ」(「筑紫の国に湯治に参ります。」)

 

とていとま申して、かぐや姫の家には、(といって休暇を申し出て、かぐや姫の家には)

 

「玉の枝取りになむまかる」(「蓬莱の枝を取りに行って参ります。」)

 

と言はせて下りたまふに、(と使者に言わせてお出かけになろうとするので、)

 

仕うまつるべき人々皆

難波まで御送りしけり。皇子、

(皇子にお仕えする人々は皆、難波までお見送りに行ったのでした。皇子は)

 

「いと忍びて」(「お忍びなので」)

 

とのたまはせて、(とおっしゃり)

 

人もあまた率ておはしまさず、(お供の人をそんなに多くはお連れにならずに、)

 

近う仕うまつる限りして出でたまひぬ。(身近にお仕えする人たちだけを連れてお出かけになられました。)

 

御送りの人々見奉り送りて帰りぬ。 (お見送りにきた人々は、皇子をお見送りしてから帰っていきました。)

 

「おはしぬ」(「行ってしまわれた。」)

 

と人には見えたまひて、(と人々には見せかけて、)

 

三日ばかりありて漕ぎ帰りたまひぬ。 (三日ほどして、難波に漕ぎ戻っていらっしゃいました。)

 

かねてこと皆仰せたりければ、((皇子は)あらかじめ、やることをすべて命じていらっしゃったので、)

 

その時一の宝なりける鍛冶匠六人を召し取りて、(その当時、宝とされるほど技術の高い鍛冶匠を6人呼び寄せて、)

 

たはやすく人寄りて来まじき家を造りて、(簡単に近寄ることのできない家を作り、)

 

かまどを三重にしこめて、(かまどを3重にこしらえて、)

 

匠らを入れたまひつつ、(その中に鍛冶匠たちをいれました。)

 

皇子も同じ所にこもりたまひて、(皇子もその中にお入りになって、)

 

しらせたまひたる限り十六所を、(お治めになっている16の土地をはじめ、)

 

かみに蔵をあけて、玉の枝を作りたまふ。(蔵の財産をつぎこんで玉の枝をお作りになりました。)

 

かぐや姫のたまふやうにたがはす作りいでつ。(かぐや姫がおっしゃっていたのと全く違わないようにお作りになりました。)

 

いとかしこくたばかりて、(とてもうまくたくらんで、)

 

難波にみそかに持ていでぬ。 (玉の枝を難波までこっそりと運んだのです。)

 

「舟に乗りて帰り来にけり」(「船に乗って帰ってきました。」)

 

と殿に告げやりて、(と屋敷に告げて、)

 

いといたく苦しがりたるさましてゐたまへり。((自分は)たいそう疲れていらっしゃる様子をしていました。)

 

迎へに人多く参りたり。(多くの人が迎えにやってきましたが、)

 

玉の枝をば長櫃(ながひつ)に入れて、(玉の枝は長櫃にいれて、)

 

物おほひて持ちて参る。(物で覆って持っていらっしゃいました。)

 

いつか聞きけむ、 (人々はどこから聞いたのでしょうか、)

 

「くらもちの皇子は優曇華(うどんげ)の花持ちて上りたまへり」(「くらもちの皇子は、優曇華の花を持って帰っていらっしゃった。」)

 

とののしりけり。(と騒ぎたてました。)

 

これをかぐや姫聞きて、(これを聞いたかぐや姫は、)

 

われは皇子に負けぬべしと、(「私は皇子に負けてしまうだろう」と思って、)

 

胸うちつぶれて思ひけり。(胸がひどく痛んで心配しているのでした。)

 



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